1952年の日本の写真と今のホーチミンから考えてみた

1952年の日本の写真。戦後7年ですが、住みたくなるような街並みです。

1952年の日本

1952年、近代化前の日本。

画像はこちらからお借りしました。
【戦後からたった7年】1952年の日本人の生活フルカラー画像がロシアのサイトで紹介される : 世界の憂鬱

東京は空襲にさらされて焼け野原となった戦争からたったの7年。道路には車が走り、歩道がきちんと整備されているこの写真を見ると、当時の日本は今の東南アジア諸国と同じくらい住みやすいのではないでしょうか。

1956年の年次経済報告(内閣府)には

消費者は常にもっと多く物を買おうと心掛け、企業者は常にもっと多くを投資しようと待ち構えていた。いまや経済の回復による浮揚力はほぼ使い尽くされた。なるほど、貧乏な日本のこと故、世界の他の国々に比べれば、消費や投資の潜在需要はまだ高いかもしれないが、戦後の一時期に比べれば、その欲望の熾烈さは明らかに減少した。もはや「戦後」ではない。我々はいまや異なった事態に当面しようとしている。回復を通じての成長は終わった。今後の成長は近代化によって支えられる。そして近代化の進歩も速やかにしてかつ安定的な経済の成長によって初めて可能となるのである。

との記載があります。【もはや「戦後」ではない】という流行語が生まれたやつですね。

出典:http://www5.cao.go.jp/keizai3/keizaiwp/wp-je56/wp-je56-010501.html

書かれている内容は杞憂となり、この後30年にわたって引き続き経済成長を遂げたわけですが、今は近代化が終わった後の成長を支えるものがまだ見つかっていない気がします。

そもそも近代化したからって幸せになったのでしょうか。個人的にはここが疑問です。1960年代の日本のようと言われているベトナムで生活していても何一つ不便はないし、何よりみんな日本より楽しそう。経済が上向きだから、とかじゃなくて今の生活を本当に楽しめているんだなと思います。東京で毎日通勤列車に揺られて、彼らの10倍の給料をもらっている人達よりもどう見ても楽しそうなのです。

戦後復興、近代化と成長を遂げた今、日本はどこに向かうのか。脱成長とは言わないけど近代化、効率化ではない方向での成長を考えて行かなきゃいけないのかなと、ネットで流れてきた1952年の日本の風景と僕が住んでいるホーチミンの風景を見ながらそう思いました。

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